最高裁判所第三小法廷 昭和29(あ)1796 判決
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人武井正雄、同田中秀次の上告理由第一点について。
「犯行当時被告人が心身耗弱乃至心神喪失の状態にあつたことは、法律上刑の減
免の原因たる事実であるから、被告人又は弁護人からこの精神状態の存在を主張す
る限り原審は必ずこれに対する判断を判決に示すの要あることはいうまでもない」
こと当裁判所の判例とするところである(昭和二三年(れ)一一五二号同二四年一
月二〇日第一小法廷判決、集三巻一号四三頁)。しかし、控訴審裁判所が被告人又
は弁護人より被告人が行為当時心神喪失若くは心神耗弱の状態にあつた旨主張され
たに拘らずその判断を判決に示さなかつた場合には刑訴三三五条二項に違反するけ
れども同四〇五条に当らないのであつて、単に同四一一条一号によりこの法令違反
が同判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる場合に同判決は破
棄せられるべきものであることは当裁判所の判例(昭和二八年(あ)一九三号同三
〇年二月一八日第二小法廷判決、集九巻二号三三二頁、昭和二六年(あ)四一六七
号同二八年五月一二日第三小法廷判決、集七巻五号一〇一二頁)の趣旨によつても
明らかである。
記録によると、起訴状には、被告人は「軽度の精神薄弱者であつて」心痛煩悶不
眠に悩まされていた間に本件放火をした事実の記載があり、原審において、検察官
は控訴趣意として「被告人が軽度の精神薄弱者であつてその理由により放火を敢て
する欠陥を有することは鑑定人A、同Bの各鑑定書を綜合すれば被告人が心神耗弱
者なるや否やは問題としても窺知することができる」旨主張し、弁護人田中秀次は
「被告人が若し一時の気晴らしのため或は格別動機らしい動機なくして(本件以前
に)十余年間に十個所に放火したとすればその所為はむしろ完全な心神喪失者の所
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為というべきである旨主張したことが認められる。右当事者の主張は被告人が犯行
当時心神喪失乃至耗弱の状態にあつたかも知れない事実の主張と解するを相当とす
るから、原判決が有罪の言渡をするに当つては刑訴三三五条二項により判決理由中
に被告人が犯行当時心神喪失若くは耗弱の状態にあつたこと若くはそのいずれにも
あらざりしことの判断を示さなければならなかつたのである。
しかるに原判決がその判断を遺脱したことは判文上明瞭であるから、原判決はこ
の点において同条二項に違反する違法あるものである。しかし、当事者双方の主張
が右の如くであり、第一、二審で被告人の精神鑑定書二通も取り調べられているの
で、原審において被告人が心神喪失若くは耗弱の状態にあつたか否かの点を本件に
おける一重点として審究した結果、判決の趣旨として被告人は心神喪失若くは耗弱
の状態にあらずして判示の犯行をしたものであると認定したことは、鑑定人Aの被
告人の精神障害の程度は心神耗弱に相当するとした精神鑑定書を証拠として採用し
なかつたこと、原判決は被告人の性格に言及しているけれども別段の精神的欠陥を
認定していないことその他原判決の全趣旨によりこれを理解するに難くないから、
右判断遺脱の違法は刑訴四〇五条二号の上告理由とならず、また同四一一条にいわ
ゆる原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められない。論旨は結局
採用できない。
同第二点について。
所論の司法警察員及び検察官作成の被告人の供述調書がその作成者の欺瞞誘導脅
迫制等により本人の任意にいでない自白を記載したものであること、また、所論の
ようにCを利用して囮捜査が行われ供述調書が作成せられた事実はいずれも記録上
これを認めることができないから、憲法三八条、刑訴三一九条違反の論旨は前提を
欠き採用することができない。
同第三点は、証拠法則違反、証拠の取捨及び事実誤認の主張をいでず上告適法の
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理由とならない。
また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
昭和三一年一二月二五日
最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官 垂 水 克 己
裁判官 島 保
裁判官 河 村 又 介
裁判官 小 林 俊 三
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